先に書かれてしまいました 寓話のようなものでは、自分の一番好きな話です。
この話を知って、荘子の内篇を読みました。
自分の勝手な解釈では、
この話に出てくる混沌は、「曖昧」と言うよりも、
「人間中心の論理の枠にはまりきらない」、つまり「自然のまま」の事です。
そこに、「顔には穴があるべき」と言う人間中心の論理を持ってきたがために、
おかしな事になってしまった、と言う事だと思っています。
色んなおかしな事件には、すでに人為が入っているので、
荘子の言う混沌ではない、と思います。
むしろ、荘子の言うとおり、
誰かが混沌のままにしていなかったから、そのような事件が起きた、
と言う事ではないでしょうか。
【2008/07/12 15:22】
URL | アシュリー #8kSX63fM [ 編集]
アシュリーさん >誰かが混沌のままにしていなかったから、そのような事件が起きた、
と言う事ではないでしょうか
その通りと思います
「曖昧」と言う言葉を使ってしまったところが適切でなかったかもしれませんが、基本的にはアシュリーさんと同じような理解をしています、
矛盾(曖昧)を感じたとしても、そのままにしておいた方が言い時もあるといいたかったので・・・
アシュリーさんが、「混沌」に興味を持たれるのはどの理由からでしょうか?
【2008/07/13 21:40】
URL | ソムチャイ #- [ 編集]
荘子 これと似たような寓話は、環境問題が騒がれている今なら、
誰が考え付いてもおかしくないものだと思うんです。
でも、2000年以上前に、
荘子がなにを見てこれを書いたのか、ほとんど想像も付きません。
ものすごい洞察力だと思うんです。
だからこそ、今にまで残ってるわけですが。
【2008/07/13 23:44】
URL | アシュリー #8kSX63fM [ 編集]
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